ジェネシスの初代ボーカリスト、ピーター・ガブリエル

投稿者: | 2021年4月14日

こんにちはyanです。
今回は、ジェネシスのメンバー紹介の一人目として、
初代ボーカリスト、
ピーター・ガブリエルを紹介していきたいと思います。

peter_gabriel20151210.jpg

1950年2月13日 生まれ。
イングランド・サリー州ウォーキング出身のピーターは、
パブリック・スクールで寄宿舎生活を送っていたのですが、
どうにも厳格な生活様式には馴染めなかったようです。

音楽に精神的な活路を見出したピーターは、
パブリック・スクールの仲間だった、アンソニー・フリップス、
マイク・ラザフォード、トニー・バンクスらと共に、
1967年にロックバンド「ジェネシス」を結成します。

1969年に10代でプロデビューを果たしたジェネシスは、
プログレッシブロックの有力なバンドとして、
70年代前半に名声を得てきました。
しかし、ピーターの独自のメイクや衣装がバンドとしての売りとなり、
他のバンドメンバーとしては、あまり快くは思ってなかったみたいです。

特にトニー・バンクスは、当時のメンバー写真などを見てみても、
ピーターの奇抜なメイクや格好をしていると、
あまりいい表情をしていません。
「オレのやりたい事は、それじゃないんだよ、ピーター」
みたいな表情を時たましてます。

1974年に発表した「眩惑のブロードウェイ」では、
ガブリエルが全面的に主導権を握り、
ストーリー性の高い難解なコンセプト・アルバムを作り出し、
「もう、やりきった」という感じで、
翌年の1975年にジェネシスを脱退してしまいます。

1977年にソロとして活動を再開したピーターは、
当時最先端のシンセサイザーや民族音楽を導入し、
独自の音楽を確立していきます。
そして、1986年に発表された5枚目のアルバム「SO」は、
世界的にも大ヒットして、
シングル曲であった「スレッジーハンマー」は、
PVがジェネシス時代のピーターのような奇抜な映像が好評で、
ピーター初にして唯一の全米No.1となりました。

皮肉というか何というのか、
「スレッジハンマー」が全米No.1になった前の週には、
ジェネシスの「インヴィジブル・タッチ」が、
ジェネシス初にして唯一の全米No.1となってます。

さらにこの1986年には、
ジェネシスのメンバーであったスティーブ・ハケットが、
イエスのギターリスト、スティーブ・ハウと共に、
GTRというバンドを結成し、シングル曲が、
全米15位以内に入るという、
1986年はまさにジェネシスイヤーとなりました。

この快挙って他のバンドじゃたぶん無いだろうし、
今まででジェネシスだけなんじゃないかな、
と思ってしまいます。

それほど、バンドのメンバー全員に、
音楽的で希少な才能があったんだと言えますね。
さすがジェネシス!!

なにか、ピーターというより、
1986年の快挙の紹介となってしまいましたが、
それでは恒例の映像紹介です。
今回はもちろん、ピーターの「スレッジハンマー」です。

このPV、何回観ても凄いです。
撮影には相当な時間と労力が掛かったそうです。
MTVが全盛だったからこそ、
この曲は全米ナンバー1になれたんでしょうね。

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